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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)15278号 判決 1970年9月26日

原告 渡辺秀次

被告 国

訴訟代理人 斎藤健 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

「被告は原告に対し、金七六一万四五三五円およびこれに対する昭和四二年八月五日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

主文と同旨の判決ならびに被告の敗訴判決につき仮執行の宣言が付せられる場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二、当事者双方の主張

一、原告主張の請求の原因

(一)  原告は昭和四二年八月四日渡辺博子が松戸税務署長から昭和四二年四月二五日付で賦課された左記金額の昭和三七年分贈与税等をその連帯納付義務者として、松戸税務署長に納付した。

本税    五五四万五、六六〇円

無申告加算税 五五万四、五〇〇円

延滞税   一八五万三、一〇〇円

合計    七九五万三、二六〇円

(二)  しかし、右納税行為は次の理由で右課税処分が無効である以上、これに伴い当然無効である

1 原告は昭和三七年三月頃渡辺みき(原告の母)および渡辺博子(原告の妹)との間において、原告の所有にかかる

(A) 松戸市松戸字坂下一二七八番の一宅地一四二坪(以下、(A)地とも表示する)ならびに以下いずれも原告、みきおよび博子三名の共有(その持分は各三分の一)にかかる

(B) 同市平潟一〇一四番宅地一一一坪四合九勺(これを(B)地とも表示する)

(C) 同所二〇五五番宅地八八坪三合九勺(以下、(C)地とも表示する)

(D) 同市字大橋道二二二番畑一反三畝九歩(以下、(D)地とも表示する)

(E) 同所二二三番の一畑一反一畝二歩(以下、(E)地とも表示する)

(F) 同市五香六実字元山一四番の一二山林一町三反二畝二三歩(以下、(F)地とも表示する)

(G) 同所一四番の一三畑一反三畝(以下、(G)地とも表示する)につき、原告から(A)地の所有権を博子に、また、みきおよび博子から(B)ないし(G)地の共有持分を原告に各移転する旨の契約を結び博子に対し(A)地につき昭和三七年五月七日付で贈与による所有権移転登記手続を経由し、また、みきおよび博子から(B)地、(C))地につき同年五月四日付、(D)地、(E)地につき同年四月二七日付、(F)地、(G)地につき同年一二月二八日付で、いずれも共有持分の放棄による所有権移転登記手続の履践を受けた。そして、右契約の趣旨は、これを全体としてみれば、交換に他ならない。

2 ところが、松戸税務署長の博子に対する前記課税処分は原告から博子に対する(A)地の所有権移転だけを捉えて贈与と認定した誤りに基づくものであつて、そのかしは重大で基本的な点に存するから、これが外観上明白でなく、他に手続上の欠陥がなくても、右処分は当然である。

3 もつとも、原告も昭和三八年一月二三日付の申告書で、みきおよび博子との間の前記財産移転に関連して右両名から(B)ないし(G)地の共有持分の贈与を受けたものとして贈与税の申告をしたが、右申告は要素の錯誤によるものであるから、無効であつて、これにより博子に対する前記課税処分が根拠を得るものではない。

4 仮に以上の点につき事実誤認がなかつたとしても、右課税処分は(A)地の更地としての評価に基づくが、(A)地はその地上に博子が昭和二三年四月九日建築して以来居住していた建物(家屋番号一二七八番二、木造瓦葺平家建居宅一棟床面積四二・九七平方米)の所有を目的とする借地権が存したから、更地としての評価額の三割に評価するのが相当であつて、右課税処分は少くともこれに基づいて算出される正当な税額金三三万八七二五円を超える限度において、重大かつ明白なかしを有し、当然無効である。

(三)  したがつて、少くとも右金額を原告の納付した税額金七九五万三、二六〇円から差引いた残金七六一万四五三五円だけは、被告において原告の過誤納により不当に利得したものである。

(四)、よつて原告は被告に対し右利得に納付の日の翌日たる昭和四二年八月五日から完済にいたるまで年五分の割分による遅延損害金を付して返還を求める。

二、被告の答弁

(一)  原告主張の請求原因中、(一)の事実は認める、(二)の1の事実は原告が渡辺みきおよび渡辺博子との間において(A)ないし(G)地の権利移転に関する契約を結び、右土地につき原告主張の登記手続がなされたことを認め、右契約が原告主張のような交換であつたことを否認する。同2の事実は原告主張の課税処分が(A)地の所有権移転を贈与と認定したことに基づくことを認めるほかは、すべて否認する。同3の事実は原告がその主張のような贈与税の申告をしたことを認めるほか、すべて否認する。同4の事実は(A)地の上に昭和二三年四月九日建築にかかる原告主張の建物が存在したことを認めるほか、すべて否認する。(三)の事実は否認する。

(二)  仮に原告から博子に対する(A)地の所有権移転の契約が交換であつたとしても、松戸税務署長は登記資料から(A)地につき昭和三七年五月七日原告から博子に対し贈与を原因とする所有権移転登記がなされている事実を了知し、これにより原告が博子に対し(A)地を贈与したと認定したものであるが、一方当時、原告がみきおよび博子の両名から(B)ないし(G)地の共有持分の贈与を受けたとして贈与税の申告をもしていることからしても、松戸税務署長が右認定に基づき博子に対してなした課税処分に存する事実誤認のかしは一見看取しうるように客観的に明白であるといえない。

(三)  また、仮に(A)地の上に存在する建物が博子の建築所有にかかるものであつたとしても、右建物の建築された昭和一三年四月九日当時、(A)地は同人の父渡辺博の所有に属し、その土地使用の法律関係は親族間の使用貸借に他ならないから、松戸税務署長が(A)地を更地として評価したことにはかしがあつたといえない。

三、証拠関係<省略>

理由

松戸税務署長が昭和四二年四月二五日付の処分で渡辺博子に対し昭和三七年分の贈与税を賦課したこと、原告が同年八月四日博子において納付すべきものとされた合計七九五万三、二六〇円の贈与税、無申告加算税、延滞税を、その連帯納付義務者として右税務署長に納付したことは当事者間に争いがない。

そこで右課税処分の効力の問題について考えてみると、原告が昭和三七年三月頃渡辺みきおよび渡辺博子との間において原告所有の(A)地ならびに原告、みきおよび博子三名共有の(B)ないし(G)地の権利移転に関する契約を結んだこと、右贈与税賦課処分が(A)地所有権の原告から博子に対する移転を贈与と認定したことに基づくものであることは当事者間に争いがないところ、<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨によれば、原告と博子およびみきとの間の右契約において原告は(A)地の所有権を博子に移転し、一方、みきおよび博子は(B)ないし(G)の共有持分を原告に移転することを互に約したものであることを認めることができ、右事実からすれば、右契約は少なくとも原告と博子との間においては交換に他ならなかつたものと解するのが相当である。従つて、これを贈与と認定してされた右贈与税賦課処分は、事実認定の点においてかしが存したものというべきである。

しかしながら、原告が(A)地につき昭和三七年五月七日付で博子に対し贈与を登記原因とする所有権移転手続をし、一方、みきおよび博子が(B)、(C)地につき同年五月四日付、(D)、(F)地につき同年四月二七日付、(F)、(G)地につき同年一二月二八日付で原告に対しいずれも共有持分の放棄を登記原因とする所有権の移転登記手続をしたことは当事者間に争いがないほか、原告が(B)ないし(G)地につき共有持分の贈与を受けたものとして昭和三八年一月二三日付で松戸税務署長に昭和三七年分の贈与税の申告をなしたことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、原告は昭和三八年五月までに右贈与税二一九万七、〇一〇円を完納したことが認められ、これらの外形的事実から推して博子の(A)地所有権の取得を贈与によるものと認定することにはそれなりに相当の理由があるものということができるから、博子に対する贈与税賦課処分の事実認定における前記のようなかしは客観的に、しかく明白であると考えることはできない。原告は(B)ないし(G)地に関する贈与税の申告は要素の錯誤によるものであつて、博子に対する課税処分に根拠を与えるものではないと主張し、本人尋問において右申告は事実に合致するものでなかつたと供述するけれども、それだからといつて、博子に対する課税処分のかしの明白性を肯定しうるものではないから、右主張は採用しない。

それならば、右課税処分を事実認定のかしの故に当然無効とすべきいわれはない。原告は行政処分が無効たるには必ずしもかしの明白性を要しない旨を主張するが、右主張は失当である。

つぎに、原告は右課税処分は借地権の存在する(A)地を更地として評価したかしがあると主張する。しかし、(A)地に昭和二三年四月九日建築にかかる建物(家屋番号一二七八番二、木造瓦葺平家建居宅床面積四二・九七平方米)が存在したことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨によれば、(A)地は右建物の建築当時、渡辺博の所有であつたこと、同人は昭和二四年六月二七日死亡し、その妻みき、次男たる原告およびその妹博子は博の遺産を共同相続したこと、そして、その後(A)ないし(G)地に関する前示契約締結にいたるまでに原告、みきおよび博子の三者の間において博の相続財産のうち少くとも(A)地を原告の単独所有とする旨の合意をなしたこと、越えて昭和三九年三月三日(A)地上の右建物につき博子のため所有権保存登記がなされたことが認められるだけで、博子が原告から(A)地の単独所有権の譲渡を受ける以前に、その地上の右建物の所有権を取得したこと、さらにまた、博子が右建物所有の目的で(A)地につき借地権の設定を受けたことについては、これを認むべき証拠はない。従つて、仮に博子が(A)地の単独所有権を取得する以前に右建物の所有権を取得したとしても、その敷地たる(A)地の利用関係は親族たる(A)地所有者の黙認によるものであつて、たかだか使用貸借の範囲を出なかつたものと解するほかない。してみると、右課税処分に課税物件たる(A)地の評価上、かしがあつたとはいいがたいから、原告のこの点の主張も採用することができない。

以上の次第で、原告の前記納税をもつて過誤納であることを前提として、その納付金の返還を求める原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく理由がないことが明らかである。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 小木曾競 山下薫)

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